浜松パワーフード 浜松パワーフード

ストーリー

浜松酒造 ストーリー
浜松酒造 ストーリー

ワインの世界では、産地の個性を感じる時の言葉として、「テロワール(Terroir)」という言葉をよく使うそうです。気象条件(日照、気温、降水量)、土壌(地質、水はけ)、地形、標高など、土地特有の自然環境によって生まれるその土地特有の個性は、何にも代え難い価値として、現在ではコーヒーやチーズなど、ワイン以外のさまざまな食材で広く使われています。
浜松パワーフード学会でも、2022年からまさに「浜松らしさ」とも言うべき、テロワールを感じる新しいお酒造りがはじまりました。

縁起の良い名の蔵元「出世城」


JR浜松駅から東へ2㎞。旧東海道沿いに蔵を構える<浜松酒造>は、1871年(明治4年)創業の老舗酒蔵です。

<浜松酒造>は、地下100mから汲み上げた伏流水を使い、伝統ある南部杜氏の職人を岩手県から呼び寄せて酒造りを行ってきた「南部流」の蔵元です。現在は南部杜氏から教えを受けた地元の蔵人たちによって、静岡の風土に合った南部流の酒造りが続けられています。
浜松城の別名「出世城」の謂(いわ)れにあやかって命名されたブランド酒<出世城>は、お祭りやお祝いの場に欠かせないお酒として、地元で愛されています。

「この蔵は、平成に建てられたので“平成蔵”と呼んでいます。となりは昭和に建てた“昭和蔵”、以前は明治に建てた“明治蔵”もありました。“平成蔵”の上階には南部杜氏の蔵人たちが寝泊まりしていた部屋も残されているんですよ」

浜松酒造 増井美和さん

案内をしてくれたのは、全国でも数少ない女性蔵人の増井美和さん。浜松の食用米を使った新しいお酒<ENSHU>の開発に大きく関わった人物です。

浜松産の食用米を使ったお酒<ENSHU>


「<ENSHU>で使わせてもらった浜松のお米は、「パワーフード」という名前のとおりお米の味と弾力が力強いな、という印象でした」

<ENSHU>は、温暖な気候や豊かな自然に恵まれた浜松育ちの飯米(食用米)を使い、精米歩合90%というほとんど精米していないお米で造った(=皆さんが食する大きさ、そのまま)全く新しいジャンルのお酒です。アルコール度数は9%と軽く、浜松産の旬の食材をふんだんに使った料理にぴったりな食前・食中酒として誕生しました。

日本酒の原料は、一般的に「酒造好適米」と呼ばれる酒造りに適した酒米を使用します。酒米は粒が大きく、粒の中心に白い芯の部分(心白)があり、たんぱく質の含有量が少ない、などの特性があります。

「最初は浜松パワーフード学会で酒米を作りたいというお話があったそうですが、私の実家も兼業農家を営んでおりますので、酒米の栽培が簡単ではないことは認識していました。そこで私の方から『浜松の美味しい飯米でお酒を造ってみるのはどうですか?』と提案させていただいたんです」

「一般酒と呼ばれる本醸造や普通酒クラスのお酒では、どのお蔵さんでも普通に飯米を使うんですよ。お酒造りに適した飯米というのもありますし、製法次第で美味しい日本酒が造れることはわかっていました。また最近では、あえて飯米を使った酒造りに挑戦するお蔵さんも増えています。それでも普通は少なくとも70%までは削りますので、90%の精米歩合というのはなかなかないと思います」

精米歩合90%で米の持ち味を引き出す


精米歩合(せいまいぶあい)とは、玄米を外側から削り残った割合をパーセントで示したもので、数字が小さいほど沢山削ったことを意味します。
お米の表層にある脂質やたんぱく質といった栄養素は、お酒の雑味の原因となり、お米を削れば削るほど雑味のないクリアなお酒ができると言われています。

<ENSHU>では、精米歩合をあえて90%とすることで、お米の持ち味である旨味を削らず残しています。コクのある芳醇な旨味を引き出すことによって、浜松のテロワール(土地の個性)を感じるお酒造りを目指しました。

「90%精米での酒造りは、私の師匠が杜氏をしていた頃に一度見ているのですが、ただ見るのと自分でやってみるのとでは違いますね。洗米では、糠が多いので普段の倍の時間をかけて洗いましたし、吸水時間も長くかかりました。それでも蒸上がりは一粒一粒が独立していてサバケが良く、冷ます時もダマにならずすぐ冷めてくれました。そういった意味では仕込む作業はいつもよりラクだったと思います」

「その分、麹造り、発酵管理では試行錯誤が続きましたね。やはりお米に栄養がありすぎて、初めて麹造りをした時は、麹菌が元気になりすぎちゃって緑になってしまったほどでした」

伝統を守り、新しい酒を造る


麹棚の底は、温度調節ができる開閉式

浜松酒造の酒造りは、伝統の技を引き継いだ南部流。昔ながらの道具が現役で用いられています。
「やっていることは江戸の中期から変わりません。それが近年、機械が導入されて仕事が楽になり、科学的に解明されて証明されただけなんですよ」

タンク中の醪の量で発酵の進み具合を確認するための検尺棒(※目盛は昔は尺貫法、現在はメートル法で表示されている)

「私たち蔵人は、酵母の働きを助けるのがお仕事です。どこまで米を溶かしていいのか、発酵をどれくらいの日にちをかけて進めるのか。味のバランスを考えながら酵母の働きを促し、自分のイメージする酒質に調節していきます。今回は日本酒らしくない、<ENSHU>という新しいお酒として造ってほしいとのことでしたので、今までにない、お米の持ち味を生かした新しい味を追求しました」

酒造りの理にかなった昔ながらの道具を使い、全く新しい酒造りに挑戦する。伝統とは、職人たちが繋いできた酒造りへの情熱そのものかもしれません。

オール浜松のお酒を造りたい


「私自身は浜松生まれの浜松育ちなので、浜名湖を見ても正直なんとも思わないで生活していましたが、岩手から来ていた師匠たちは、浜松に来るたび『浜松は浜名湖も山も海もあるし、冬でも花や緑が溢れていて素晴らしいところだ』とおっしゃっていました。今回のお話をもらったことで、師匠たちの言葉を思い出し、浜松の魅力を再発見するきっかけになりました」

「じつは、浜松にはまだ浜松産の酵母や種麹というものはありません。近い将来、県の試験場で浜松産の種麹や酵母ができるといいなと思っています。米・酵母・麹菌・お水、オール浜松のお酒を造るのが私の夢。食材の宝庫である浜松の料理に合うお酒を造ることで、浜松の魅力を伝える下支えができたら幸せですね」

地元の気候や風土を理解し、酒造りを通してつくり手と地元の人たちが一緒に浜松の食文化と地元愛を育むことが、<ENSHU>の大きな目標なのかもしれません。

浜松酒造株式会社

住所:
静岡県浜松市中区天神町3―57
電話:
053-540-2082
URL:
http://hamamatsushuzo.com/